歴史と歩み

伝道の始まりから今、そして未来へ

1896年5月ウワーン宣教師と菅野半次師によって伝道開始、同年6月17日、長崎市東上町7番戸(現在の県立美術博物館近辺)に、普通の民家を借りて「浸礼教会長崎講義所」の看板を掲げ、本格的な伝道が開始。

1902年10月7日、教会は長崎市桜町18番地(現在の市水道局の隣接地)に移転し、「長崎浸礼教会」と名前を改め、新に発足することが「長崎県指令第2232号」で許可され、「長崎バプテスト教会」が誕生。(教会設立日は、長崎浸礼教会の第3代目牧師・渡辺忠呉までは10月7日となっていたが、その後、第4代目牧師・尾崎源六の時に1902年11月3日に変更され、今日に至っている。)

1905年にはバプテスト派の最初の機関紙「星光」を発刊。
1926年、勝山町に新たな伝道地を求めて移転。

1953年5月3日、市内の片淵町1丁目1の4番地に新教会堂(設計はヴォーリス建築事務所)を建て、献堂式が行われる。

この新会堂の完成に伴って、戦前・戦後の混乱期(バプテスト派の東西両組合の合同、日本キリスト教団への結成と加盟)を脱して、戦後の日本バプテスト連盟の発足により長崎バプテスト教会の伝道基盤が整えられ、礼拝の平均出席者数も100名を超える盛況が続く。

 

1964年4月に幼児教室『光の園』を開設。
1964年4月に幼児教室『光の園』を開設。

1991年4月に建築委員会を発足させ、3年半の歳月を掛けて新教会建築について検討を重ねて、1994年9月24日に献堂式が行われた。

2011年に予定されていた新会堂建築は東日本大震災により延期され、2013年4月に着工し、2014年2月に新会堂と改修された教育館の献堂式が行われた。

地域への奉仕活動を目的とする一般社団法人『ノーザンクロス』の設立と拠点の設置を行った。

今後、教会が果すべき『地の塩・世の光』としての役割を担いつつ、益々高齢化と少子化が進む中で、高齢者や子ども・青少年を含めて全年齢層に対して全人的な関わりを持つ教会形成を目指す。

納骨堂


「私たちの国籍は天にあります」フィリピ3:20

キリストを信じてその生涯を終える時、私たちはどこへ帰るかを知らされています。

ですから、私たちの地上における働きを終えた身体 (遺骨)がどこに入るかは問題ではありません。しかし、当教会では教会員やその家族のご遺骨も納骨堂に納めることもできるようになっています。

納骨堂は戦後1953年に片淵へ会堂を移した同時期に、坂本国際墓地側の市営浦上墓地(上銭座町)に献堂しました。その土地を掘り起こした際、原爆で亡くなられ埋葬された2名の無名の方のご遺骨も収集され、同納骨堂に納められています。

教会創立120周年を記念して2022年に納骨堂は新築されました。外壁と入り口はキリストが葬られたお墓をモチーフとし、内部の円形の配置と明るさは永遠の命への希望を象徴します。

教会紹介

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